上質な顧客に巡り合うための標識。

生き方

上質な顧客に巡り合うための標識。

低質な野次馬を排除するための障壁。

それが高価格設定である。

最近、著名YouTuberが自身のチャンネルに有料会員制を導入したことで炎上が起きている。

「有料にするな!」

「そんな価値はない!」

「価格が高過ぎる!」

苦情を述べる視聴者が続出している。

だが、むしろ私は設定価格が低すぎると感じている。

有料会員制を導入すれば発信者は従来の広告収益型から脱却できる。

収益構造が変われば動画内容も変わる。

広く浅い内容だったものを狭く濃い内容に変更できる。

厳選された会員に向けて内容を絞り込んで深掘りできる。

つまりチャンネルの在り方が一新されるのだ。

それらを鑑みれば有料会員制はファンにとってはありがたいはずだ。

無料の情報発信は最初の敷居を下げて接触機会を作るために存在しているに過ぎない。

営利活動するなら有料商品を用意するのは当然だ。

有料会員制を導入するだけで炎上してしまう文化が謎である。

発信者が全く意図していない層にまで無料動画が届いていたのだろう。

YouTubeアルゴリズムの功罪である。

月額3,000円は1日当たり100円である。

1日100円はペットボトル1本分やお菓子1個分である。

合算額3,000円として見ても飲み会1回分だ。

月額15,000円は1日当たり500円である。

1日500円は外食1回分である。

珈琲店に一回入店する程度である。

日頃の無駄な飲食費や交際費を1ヶ月累積すれば15,000円に到達するだろう。

自己投資に繋がらない無駄な浪費を削減すれば自ずと生まれる金額である。

スマホキャリアを格安SIMに変更すれば月当たり8,000円位削減できるし、足りない分は不要品をメルカリで売れば補完できる。

ちなみに私はUQモバイルのデータ高速プラン3GB(月額1,080円)を契約している。

新品購入して体験し終わった物品は状態が良いうちに早期でメルカリに出品すれば新品価格の8割程度で売れる。

事務手数料や配送料を差し引いても新品購入時の半額程度は自分に返ってくる。

クレジットカード支払いでは一括で購入したものを後から分割払いに変更できるし、分割2回までは金利もかからない。

後から金利分を払える自信があるなら分割払い3回〜24回を利用すればいい。

ココナラやクラウドワークスなどの単発の小遣い稼ぎが可能なプラットフォームもある。

fiverrやUpworkなどの英語圏サイトではフリーランス業務の市場規模が大きい。

案件にもよるが海外YouTuberの動画編集や字幕作成、論文の翻訳、WEBサイトの記事執筆などで長期契約できれば1人分の生計が成り立つ。

初回の受注で自分の納品物が依頼主に評価されれば次の業務も依頼されて単価も上がる。

それらを実行した上で月額会員料が払えない場合はそもそもその視聴者は発信者の対象顧客ではない。

発信者が個人で事業を開始する場合、自分の顧客として可処分所得に余裕のある視聴者のみを厳選して彼らに向けて商品を販売する。

価格は価値の格付けである。

商品体験で発生する心情価値が高ければ価格は高く設定できる。

高価格に設定すれば上質な顧客に厳選できる。

発信者に対して強い魅力を感じていてその人の言葉から学んで自分を高めたいと本気で感じている視聴者のみで顧客構成される。

視聴者側も自分の通貨を相手に送ることで発信者に対する心情価値が数値として可視変換される。

それによって自己投資の意識が加速して己を高める気勢が更に強化される。

高価格設定は販売者にとっても購入者にとっても両得である。

通貨は人間界を循環する心情価値を一時的に数値として可視変換したものだ。

視聴者は発信者から五感情報という心情価値を享受している。

通貨を送るという行為は相手から受け取った心情価値に対する感謝の気持ちを数値として可視変換して還元する行動だ。

発生する心情価値は人によって違う。

何も感じなかったり逆に不快になったりする視聴者もいれば、1日当たり1,000円(月30,000円分)の感謝を抱く視聴者もいる。

心情価値は受け手の主観によって差異が生まれる。

価格を設定するということは「どの視聴者を自分の顧客として選ぶか」ということだ。

月額10,000円の価格設定をするということは「1日当たり333円以上の感謝を感じている視聴者のみが対象顧客の商品である」と告知しているに過ぎない。

それが高いと感じる視聴者はそもそも発信者の対象顧客ではない。完全に対象外である。

その有料会員制の導入に対して苦情を述べている視聴者は自分が顧客だと錯覚しているに過ぎない。

顧客には値付けの決定権は一切ない。

それは販売者の独裁権である。

販売者が購入者に価格設定を委ねる「あと値付け」の仕組みを自ら導入していない限り、価格設定は販売者が決める。

視聴者は発信者を選ぶ権利があるのと同様、発信者も視聴者を選ぶ権利がある。

YouTubeメンバーシップという制度はYouTubeという動画投稿プラットフォームにおいて最上位次元を司るGoogleという御上が導入した価値循環の仕組みである。

有料会員の価格決定権はチャンネル運営者に委ねられている。

運営者が決定した価格に対して高すぎると感じた視聴者は既に対象顧客ではない。

チャンネル運営は慈善活動ではなく営利活動である。

発信者側からすれば自分を高く評価してくれてその心情を通貨として可視変換して還元してくれる視聴者の方が顧客として上質なのは当然だ。

対象者を優良顧客に絞り込んだ方が動画投稿の質も意欲も持続性も高まる。

優良顧客に厳選するには高価格設定という障壁が必須だ。

富裕層を顧客にした方が支払い体力にも余裕があり、自分が感じた心情価値を相手に通貨還元してくれる人が多い。

しかも富裕層の方が景気に左右されにくく対価を出し渋ることも少ない。

顧客を厳選した高売りの方がお互いに幸せになれる。

販売側は自分が提供する商品を最も高く評価してくれる顧客層に合わせて価格設定するのが肝心である。

上質な顧客と巡り合う確率を思案した上で最高価格を設定すべきだ。

大企業のように莫大な資本力を持たない1個人が自力で開業するなら厚利少売で運営した方が販売者も購入者も幸せになれる。

利益を多く確保できなければ運営体力は維持できない。

薄利多売は利益を確保するのに莫大な販売数を必要とするため広く浅い万人受けの商品を作ることになる。

顧客層も多様で価値観も雑多になるため最も人数が多い低質な客層に合わせて価値提供せざるを得なくなる。

良質な体験を求める上質な顧客からすれば極めて物足りない商品になる。

薄利多売は持続難易度も高く廃業に追い込まれることもしばしばだ。

逆に厚利少売では顧客を厳選すれば価値観が統一された限られた優良層に対して商品設計が可能となる。

価格を高めれば低質な客層は淘汰されるため、販売者の商品に強い魅力を感じていて投資意識が高く可処分所得に余裕のある上質な顧客のみで構成される。

それ以外の人たちを相手にする必要がないため、精選された良質な顧客に対して高い心情価値が発生する特注品の作成と提供に集中できる。

狭く濃く少なくサービスを提供できる。

1個人の資源など限られている。

法人組織と比べれば時間も資金も人手もわずかだ。

1人の限られた時間で高価値の商品を提供するには高価格設定・高利益設定は必然である。

個人事業において薄利多売は最悪手であり厚利少売は最善手である。

それは上質な顧客にとっても同じだ。

厚利少売の方が自分と相性が良い特注品を享受することができる。

個人事業で生計を立てるなら上質な顧客に対して高い心情価値が生まれる商品を販売するのが理想的だ。

そのために必須なのが高価格設定である。

低質な顧客を排除するためには高価格に設定するのが有効だ。

上質な顧客であるほど己の感性と対話してその商品が自分にどれほど高い心情価値を生み出してくれるか、それがどれだけ自己投資に繋がるかを勝手に思案してくれる。

価値が価格に見合うのであれば快く通貨で還元してくれる。

上質な顧客は消費意識ではなく自己投資意識で生活している。

値切り交渉を強要してくる客まがいの野次馬は全て無視すべきだ。

自分の商品に高い価値を見出してくれる優良顧客に専念した方がいい。

販売者が設定した価格に対して値切りを強要してくる時点でその人は顧客ではなく野次馬である。

自分が対象顧客だと勘違いしているに過ぎない。

これはメルカリでも同じだ。

私はメルカリで100回近く取引を重ねてきた。

これまで商品を購入する際に値切り交渉をしたことは一度もないし、自分が出品した商品に対する値切り交渉に応じたことも一度もない。

そもそも値切り交渉は販売者に対して失礼である。

特にハンドメイド作家の独創作品に対して値切り交渉を強要するなど言語道断だ。

ハンドメイド作家に対して「材料原価よりも高く価格を設定するのはぼったくりだ!」という苦情を訴えるコメントを見かけることがあるが、的外れにも程がある。

作家の創意工夫によってどれだけの心情価値を付加できるかが重要となる作品販売において材料原価で売るなど有り得ない。

材料は文字通り材料に過ぎない。

その作品価値の根幹を担うのは作家の藝術性である。

それは独自の発想だったり表現力だったり融合力だったり物語だったり人間性だったりする。

己の藝によってどんな新魔法体験を生み出すか。

そこに自腹を切って心血を注いで試行錯誤を重ね続けた結果、生み出されたものが独創作品である。

作品が内包する心情価値を最も高く評価する顧客に巡り合うために最高価格を設定する。

それは作家の矜恃(きょうじ)だ。

己の藝術力が作品価値の根幹を担う。

逆に己の作品を材料原価の価格で売るということは「この作品には何の藝も施されておりません」と宣言しているに等しい。

それは営利活動をする作家にとって致命的行為だ。

自分で自分の首を絞めている。

価格が高いということは価値の格付けが高いということ。

価格が低いということは価値の格付けが低いということ。

高価格商品は上質な顧客にのみ購入が許された代物だ。

作家の藝術性を感じ取れる高感性の人物だけが購入する、完全に人を選ぶ商品である。

作品は高売りが基本である。

上質な顧客と出会う確率を思案した上で自分が思う最高価格をつければいい。

安売りは自分の作品に対して失礼である。

「お前は希少価値が低い」と自ら作品に語りかけているに等しい。

そもそも安売りで購入されたものは大切にされない。

雑に扱われて忘れ去られる。

安売りが生じる原因は「そのプラットフォームに上質な顧客が存在しない」もしくは「己の作品の独創性が低い」のどちらかだ。

低価格設定しかできないなら個人で販売する意味はない。

それは安売り競争に巻き込まれた代替可能品になっている。

そこに貴重性は生じない。

自分自身のために独創作品は高価格に設定すべきだ。

その高価格を凌駕する心情価値を内包した作品に仕上げるべく創意工夫を重ねるべきだ。

それは副作用として上質な顧客への価値提供となる。

高価格は上質な顧客に巡り合うための標識だ。

その標識を自ら捨ててはならない。

メルカリでは値切り交渉をする人たちが非常に多い。

「値下げ要求はフリマの常識」と考えているらしいが、それは集団心理に流されている。

その常識を根底から疑った方がいい。

販売者に対して値下げ要求するという行為は本質的に何を意味するのか。

販売者が巡り合いたい顧客とはどういう人物なのか。

そもそも自分は販売者の対象顧客であるのか否か。

それを自問自答すべきだ。

価格が高すぎると感じる時点で自分はその販売者の対象顧客ではない。

購入者には販売者を選ぶ権利があるのと同様、販売者にも購入者を選ぶ権利がある。

販売者が購入者を選別する上で有効なのが価格設定だ。

自分が意図しない人物に商品を購入されてしまうと雑に扱われてすぐに捨てられる。

それを防ぐために価格は高く設定する必要がある。

高価格は上質な顧客に巡り合うための標識であり、低質な野次馬に購入されないための障壁である。

己の作品の独創性を高めて最高価格に設定する。

低質な野次馬を排除して上質な顧客への価値提供に専念する。

常識・相場・集団心理。

それらは些細な束縛だ。

己の人生に対する影響力の強さ。

それが顧客にとって最重要である。

己の感性の共鳴者に出会うと心情共振が自然発生する。

自我と心中して作品を独創し、共鳴者と巡り合う時機を待つ。

それを私の心髄に据える。

私は高価格という邂逅標識(かいこうひょうしき)を有効活用して生きる。





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