抽象に具体を従わせる。

生き方

抽象は具体を支配する。

抽象は上位概念であり、具体は下位概念である。

抽象が目的を描き、具体がその手段となる。

抽象が思想の根幹を作り、具体はその枝葉末節を担う。

抽象は廃れにくいが、具体は廃れやすい。

抽象の支配領域は広いが、具体の支配領域は狭い。

抽象は現実の束縛に囚われにくいが、具体は現実の束縛に囚われる。

抽象は夢想から開幕し、具体は現実から開幕する。

2つの開幕点を繋ぎ合わせていく行動が創意工夫であり試行錯誤である。

新現実化を実現するには抽象と具体の行き来が必須だ。

抽象なき具体は根幹を見失って枝葉末節を迷走する。

具体なき抽象は根幹は存在するが枝葉末節が実らない。

己の思想を実現するには抽象と具体を併せ持つことが要石だ。

だがどちらの方が大事かと問われれば、私は抽象だと回答する。

抽象思考は現実ではなく夢想から開幕できる。

そのため自ずと既存現実を超然した発想になりやすい。

それが実現すれば革新が起こる。

好き放題に思い描いた夢想は独自の世界観を纏って己を駆り立てる推進力となる。

人が新しい行動を起こすには心髄を強烈に焚き躍らせる夢想が必須だ。

それが目指すべき未来映像となって己を持続的に推進する原動力となる。

抽象は具体よりも本質的であり、思想の根幹を担う最上位概念である。

抽象が的外れならばいくら具体性が高くとも出来上がるものは無意味で無価値の塵である。

抽象が図星ならば最初は具体性が乏しくともその思想を持続することで徐々に具体化手段が引き寄せられて発見される。

やがて己の思想に呼応する者が出現し、現実世界のあらゆる資源を活用していくことで実現性が高まってくる。

自分自身に足りない能力は他者に外注することで補完できる。

他者の意欲を駆り立てられるか否かは己の未来構想が持つ魅力に依存する。

具体化能力を持った者は世界中に存在するが、それらを我流融合して現実離れした新魔法体験を思い描き実現しようとする者は希少である。

人は年齢を重ねるにつれて技術力を高めていくが、それと同時に既存現実の強権さと理不尽さを体験することで精神が消耗して現実に隷属していく。

既存現実の奴隷者となって夢想力を失ってしまうのである。

そして新現実化を試みる夢想家を否定して嘲笑することで多数派の中にいる自分に安心感をもたらし、徒党を組んで悦に浸る。

それは集団という虎の威を借る狐である。

既存現実に服従していれば多数派でいられるため数の錯覚によって虚栄の安寧をに浸れる。

だがそれでは常識の枠からはみ出せない。

新しい発想を生み出すこともなく他者に使われるだけの機械と化す。

既存現実という強権者に後ろから付き従うだけの毎日となる。

それこそが正しい大人だと勘違いしてそれを子に引き継がせる。

教育という名の常識洗脳によって子の才能を潰していくのである。

教育を受ける前の子供は夢想の天才だ。

自分を世界の中心に置き自分の思い通りに何事も実現しようとする。

その感性は人間の本能であり才能である。

だが既存現実への服従教育が始まるとその天才性は封印されていく。

教育が終わる頃には既存現実に服従するだけの秀才が出来上がる。

集団常識に従うことが世の中の摂理。

我欲を捨てて他者に尽くす。

我儘ではなく他儘。

自己中心ではなく他者中心。

それが立派な大人になることだと錯覚する。

それは違う。

常識に従う大人になってはいけない。

常識を疑う子供で在り続けなければならない。

他者に尽くさず我欲を揮う。

他儘ではなく我儘。

他者中心ではなく自己中心。

教育という名の洗脳を受けてしまった者は人生を逆走しなければならない。

我欲を捨てて他者に尽くす行為は利他的で立派に思えるが実は違う。

そうすることで波風を立てずに自分の生活を守れるからに過ぎない。

それは利他心ではなく利己心である。

だが我欲を捨てて他者に尽くす行為には我慢が生じる。

その我慢が蓄積して限界値を越えれば感情が爆発して制御不能となる。

集団常識を盾にして数の暴力で誹謗中傷したり他者にも利他を強要してしまう。

利己心を原点とした思考と行動の結果として利他は副次的に生まれるものだ。

利他は主作用ではなく副作用である。

それが自然であり健全である。

私はそう感じている。

我々に必要なのは教育ではなく独学だ。

独視・独想・独考・独動が大事だ。

教育は組織長や教師の理性に強く依存した他者洗脳であるが、独学は己の感性に強く依存した自己洗脳である。

教育は他者中心で受動的だが、独学は自己中心で能動的である。

両者には裁量権や好奇心、根本的な心髄の在り方に差異がある。

己の才能を独自進化させていくには他儘ではなく我儘でなければならない。

自分の時間の主導権は自分で掌握して活動していく在り方が肝要である。

自己感性を最重要視して我道を突き進む。

抽象に具体を従わせ、夢想に現実を従わせる。

抽象は根幹。具体は枝葉。

夢想は目的。現実は手段。

手段が目的化してはいけない。

手段は目的を実現するための活用材料に過ぎない。

集団常識から離脱し己の感性の声を聴け。

私は抽象を先行し具体を従わせる。




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