唯一無二の心友は自分自身だ。

思想

私に友人はいない。

その恩恵は莫大である。

その最たるものが独裁力だ。

私は我儘な自己中心者である。

他者と一緒に行動して時間を同期するという行為は苦痛でしかない。

私は自分自身で試行したいことが頻発するため単独行動が好みだ。

他者と同期するのが困難であり、その束縛による時間の消失が勿体なく感じる。

時間とは寿命であり余命だ。

現実世界において時間とは最高価値概念である。

自分の寿命、自分の健康ほど大切なものはない。

余命は不可逆の溶解物だ。

常に失われていく性質があり、二度と取り戻せない代物である。

我々は死へ着実に近づいている。

その行進は不眠不休の現在進行形だ。

残り時間も不明である。

己の現世活動がいつ強制終了するのかを全く予測できない。

それは明日なのか。今夜なのか。

我々の余命は秒読みである。

それを前提として自己感性の声を聴いてみる必要がある。

すると私にとって友人という存在の優先順位は極めて低いことが判明する。

というより友人という概念が私の脳内領域に存在していない。

根本に在るのは自分と他者の2概念。

己の命を懸けて最期まで心中できるのは自分自身のみだ。

それに匹敵するほど他者を大切に想ったことなど人生で只の一度もない。

そもそも友人という概念は初対面以上家族未満に過ぎない。

人の感情は流動的に浮遊する。容易に心変わりしていくものだ。

我々に永遠の絆など存在しない。

ここで改めて「友人」という言葉の概念定義を確認してみる。

辞書によれば「同じ考え方を持ったり、行動を共にしたり、いつも親しく付き合っている人」らしい。

ならば友人という存在は不要だ。

むしろ存在してはならないものである。

この資本主義社会において「他者と同じ考え方を持ち、同じ行動を取り、同じ時間を共有し、同じ人生を共にする」という行為は危険でしかない。

それは「己の視座・発想・思考・行動がその他大勢の中の一人に過ぎない」ということを意味している。

要は「自分という人間はいつでも取って代わられる希少価値が低い存在である」ということを示唆している。

それはまずい。

己の潜在能才を自ら潰している。

現実世界では差異こそが価値を持つ。

他人がやっていることを自分はやらず、他人がやらないことを自分はやる。

他人が出来ることを自分は出来る必要がなく、他人が出来ないことを自分は出来るようにする。

多数派の集団常識を無視して独自の視座で万物を捉え直す。

そうやって初めて希少人才になる可能性が高まる。

他者と同じ視座・同じ発想・同じ思考・同じ行動・同じ結果は無価値である。

価値というものは差異が存在してそれを相対比較することで初めて認識される。

既存の黒色に対して白色になるからこそ差異が明瞭化して価値が生まれる。

既存の黒色に対して肉眼では違いが全く分からないほど僅かに薄い黒色になったところで人間視点では同一と判断される。

すなわち代替可能なのだ。

わざわざ自分が同じ黒色になっても資本主義的には無価値である。

独自性を追求するには自己中心力を高めて自己行程を生きることが枢要だ。

多数派が絶対視する在り方を無視し、独自の在り方を模索追求していくことが肝心である。

そのために必須なのが独自の視座だ。

自己感性を最重要視すれば独自の視座は顕在化する。

視座が変われば発想・思考・行動・結果は勝手に変化する。

私は独自の在り方を模索追求していく。

今までの人生で数多の他者から掛けられてきた洗脳を自ら解き、己の感性に基づいて物事を見つめ直す。

独視・独想・独考・独動を根幹として他者とは別次元の精神宇宙を遊泳する。

他儘ではなく我儘で在り続ける。

その心髄が己を唯一無二の生命体へと押し上げる。

友人という存在は足枷にしかならない。

我々に必要なのは孤高力である。

独創性を究極していくのならば己の心友は自分自身のみであるべきだ。

それが他者であってはならない。

そうなった時点で己の希少価値は地に落ちてしまう。

既存現実という強権者が味方しない状況において己の精神を根底から支えるのは自分自身である。

自分と対話し、自分を励まし、自分を勇気づけ、自分を鼓舞し、自分を肯定し、自分を推進するのは常に自分自身だ。

孤立無援の状況こそ千載一遇の好機。

それは既存の常識からはみ出た行動を単独で取っている証拠なのだ。

実に素晴らしい。

超成功は常識という集合内には存在せずその外部にのみ存在する。

そこは前人未到の領域だ。

内部で競争するな。外部を独歩せよ。

他者とは別次元の精神宇宙を生きろ。

超成功に超失敗は付き物。

爆死爆誕。999敗1勝。

それを前提として賽を投げ続ける。

周囲の雑音を全無視して我道を我流で単騎特攻する。

そこに友人は不要だ。

何人群れようが1種類の意見は1意見に過ぎない。

集団と真の正しさは無関係である。

タイタニック号に乗船するな。

小船に乗って孤高巡航せよ。

自我と心中して進み続けるのだ。

独視・独想・独考・独動。

私は自分自身と共に生きる。