現実は常に黎明期。極めて我儘に夢想せよ。

生き方

ゲーム体験は夢想力を養う。

私はそれを実感している。

小説・漫画・映画にないゲームの強み。

それは幻想世界への強烈な臨場感だ。

ゲーム以外の媒体でも物語世界に精神を浸りつくすことはできるが、ゲームでは主人公に自分を憑依させ、その世界空間を実体感覚を持って動き回れる。

現実的感触が極めて強く、本当に自分がそこに実在するような感覚が得られる。

ゲーム世界は己の意思で実行しなければ物語は進行しない。

物語世界の物質や情景、言葉、時流を手掛かりに自分で思考し自分で決断する姿勢が求められる。

特に最近のゲームは昔よりもプレーヤーの能動性が増している。ぼけっと画面を眺めているだけでは世界は進行しない。

その世界に自分が臨場して住人の1人として現状を把握して前進していく姿勢。

それが求められる。

新しい人生を双方向性を持って体験できることがゲームの醍醐味だ。

その幻想空間は既存現実に縛られる我々の発想を自由解放し、新たな現実の在り方を提示してくれる。

「今の世界常識は本当に正しいのか?」

「既存の正解は全て間違っているのではないか?」

「この幻想世界のように快適快楽に暮らすためには、日常の視座をどう変えればいいか?」

ゲームは現実世界に対して新たな手掛かりを暗示してくれる。

それは開発者が心血を注いで未来世界や未来宇宙を構想し、それを映像空間の中で具現化してくれているからだ。

人類は夢想を繰り返すことで新現実化を試みる。

新発想は自己推進力を生み出し、夢想の連続が新現実を手繰り寄せる。

人類の歴史は夢想試行の物語だ。

人は豊かに夢想することで人生に希望を見出し、今を楽しく生きている。

夢想は己の在り方に対して新次元の種を植え込み、それを徐々に着実に芽生えさせてくれる。

逆にそれを捨ててしまうと人は希望を失い、既存現実に服従することになる。

常識を根底から疑う姿勢を忘れ、現実という強権者に隷属する毎日と化す。

それは悲劇で虚しい。

夢想なき現実は諦めと無気力と衰退しか残らない。

現実は常に黎明期である。

この刹那の連続こそが創世期なのだ。

既存の正解は全て間違っている。

それらは最終解ではない。只の第1解に過ぎない。

夢想力は人類の生命源であり自己推進力である。

夢想の反復が現実世界の固定認識を破壊させ、新現実宇宙を構想させる。

全ては夢想から開幕する。

夢想殺しになってはいけない。

それは只の老害である。既存正解の隷属者は廃れゆく運命にある。

己の邪魔者は全て無視する。

真の正解は永遠に誰にも分からない。

だからこそ新夢想によって自己洗脳し、他者とは異なる視座で現実世界を捉え直し、己の主観で自由発想するのだ。

客観はあくまで材料に過ぎない。

己の主観こそが肝心だ。

まずは夢想独裁し、外界放出させる。

文章・画像・音楽・動画・料理・製品。

何でもいい。

自分の気質と特性に合った出力形態を選択すると長続きしやすい。

あらゆる新現実化は夢想による初稿出力から始動する。

そこからどうなるかは分からない。そもそも予測不可能なのだから長期計画など不要である。

我儘な夢想こそが新次元宇宙を成す。

勝手に思い描いた理想状態が新現実化の足掛かりを示唆してくれるのだ。

今よりもっと快適快楽な在り方が必ず存在する。

むしろ絶対に存在しなければならない。

私はそう思い込んでいる。

現実は常に黎明期。

既存正解は第1解に過ぎない。決して最終解ではない。

新たな在り方を自己視点で模索する。

自己中心力を高めて自己行程を生きる。

我流で夢想して新現実を黎明する。

極めて我儘な夢想者であれ。

私は夢想試行を永久する。


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