老害になるな。若利となれ。

生き方

Z世代の台頭が激しい。

彼らは従来の価値観を塗り替えており、新時代の最先端に位置している。

今まで社会通念を上書きしてきたのは10代〜20代の若者の存在だ。

下の世代が上の世代に学ぶ時代は終わりを告げ、上の世代が下の世代に学ぶ時代が到来している。

  • W世代(〜1959年生まれ)
  • X世代(1960年〜1979年生まれ)
  • Y世代(1980年〜1995年生まれ)
  • Z世代(1996年〜2009年生まれ)
  • α世代(2010年〜生まれ)



Z世代とα世代が新時代の主流だ

W・X・Y世代の我々は新潮流を生み出している彼らの在り方を学び続ける必要がある。

何故なら、世代が新しくなるにつれて人間としての在り方がより本質化・高次元化していくからだ。

人間と環境の分業化が加速していく。

新世代は新人類の象徴だ。

彼らの価値観・様態・在り方を学ばなければ我々は必ず廃れる。

生涯に渡って己の新陳代謝を継続することが現代を生きることだ。

上の世代が自分たちの価値観を下の世代に押し付けて従わせる時代は古い。そんな職場は廃れて潰れる。

上の世代が社会の権力者である時代は終わり、下の世代が影響者となる時代だ。

上の世代が思う常識はもう古い。

常識とは誰かが最初に発信した価値観が他者に徐々に伝播して社会に浸透しきってやっと通念と化したものである。

すなわち、最初に発せられた時点からは長い年月が経過しており、社会通念として人々に認識された頃にはその価値観はもう古いのだ。

常識とは常に時代遅れの象徴である。

常識に従うことは時代遅れになることを意味する。

世間を知るとは新鮮なる時流の源泉を知ることであり、0代〜20代の若者の価値観を学ぶことだ。

世間は常に新世代に塗り替えられる。新世代の新概念を知って己の体内に吸収することが肝心だ。

我々は既に下流にいる。下流をいくら眺めても時流は掴めない。

時流という河川において源泉にいるのはα世代、上流にいるのはZ世代である。

人間文明の未来像を予感するには上流や源泉を見なければならない。

Z世代・α世代の価値観を知らないことは「世間知らずの文明遅れになること」を意味する。

新商品や新サービスは新世代の価値観や生活様態に影響されて開発される。

下の世代の姿を学び続ける者は新陳代謝に成功し、時流を掴むことができる。

下の世代に学ばず上の世代に付き従う者は自ら細胞を死滅させ、新時代から追放されて化石となる。

時代の中心者の年齢層は年々下降してきておりこの流れは止められない。

最終的には0代〜10代が中心者となる。

皆が彼らの在り方に感化されて商品やサービスを開発し提供する。

それは10代の若者たちの家庭内影響力や社会的影響力が強大化していくからだ。

子が親に学ぶ時代は終幕し、親が子に学ぶ時代が開幕する。

立場は既に逆転し始めており、あらゆる消費行動において子の価値観と選別眼が家族の代表意見として反映されている。

子が家庭内において最終意思決定者となるのだ。

この傾向は家庭内に留まらず社会全体に波及していく。

販売者の立場からすれば、「日頃から大量の情報に接触する若者をいかに魅了できるか」が売上に直結する。

つまり、10代の価値観を学び続けなければ商品やサービスは売れなくなり、途端に事業は行き詰まることになるのだ。

老害とならず若利で在り続けること。

それが新時代の波に乗って生きられるか否かの鍵となる。

それには上の世代の常識は全て受け流して下の世代の価値観を集中的に学び続けなければならない。

Z世代とα世代こそが新潮流である。

彼らの電子情報に対する選別眼は直感的に肥えている。

日頃から莫大な情報に接触し、村社会とは様態が異なる群社会の世界内を自由に越境しながら生きている。

視覚情報を主軸に摂取しているため言語障壁を透明通過でき、世界空間を縦横無尽に飛び回っている。

彼らの精神居住地域は我々よりも遥かに広大で、なおかつ移動も高速なのだ。

身体は国内に在るが精神は世界に在る。

更に時代が進めば精神が宇宙にあることが標準化する。

人類の発想視点は、村→町→市→県→地方→都市→首都→全国→隣国圏→大陸圏→世界圏→地球圏→宇宙圏へと高次元化している。

我々が宇宙視点から物事を発想するのが当たり前になるのも時間の問題だ。

上を無視して下に学ぶ。

それが新時代を活動していく極意だ。

新世代は新人類であり、新人類が新世界を創る。

私は上の世代の常識と説教を全無視して下の世代の新概念を学び続ける。

化石になるな。新細胞であれ。

老害になるな。若利となれ。

私は新陳代謝を継続して新時流を掴む。


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