電子世界に己の分身を生誕する。

生き方

これからの時代は「分身作り」が肝だ。

電子世界に己の思念分身を作り続けて私が寝ている間にも活動してもらう。

分身を大量放出すれば彼らが代替生命として昼夜問わず活動し続ける。

それによって私自身は最も注力したい事象に専念できる。

やればやるほど自分が楽になっていく道のりだ。逆は苦難の行程である。

己の分身が存在しなければ常に自分自身で対応しなければならない。

だが1日の活動時間は限られている以上、自己処理できる量など高が知れている。

他者の時間に合わせて生きると自分の時間は消失する。心身は疲弊し尽くし虚無感に苛まれて精神世界が煉獄と化す。

だからこそ多量の分身が必要なのだ。

己の心髄を宿した文章群が思念分身として生命を息吹き、己の様子を映した動画群が実体分身として生動する。

電子世界に分身を作り続ける活動は自分という生命体の拡張である。

今なお発展し続けるインターネット技術がそれを可能にしている。

己の分身が増えれば増えるほど私は自らの活動に集中できる。

分身が代わりに対応してくれることで他者に自分の時間を邪魔されることなく己が没頭したい事象に専念できる。

他者行程ではなく自己行程を生きる。

己の生命分身を電子世界に蓄積していく活動は分業推進化である。

自分で何もかも対応しようとすれば自分の時間は消失して他者の時間を生きざるを得なくなる。

だがそれでは自分を満足させられず幸せにはなれない。

己の心髄に反して他者に只々尽くす行為は自己幸福から遠ざかってしまう。

自らが幸福でなければ他者に対して幸福など伝播できない。

自己幸福を探求する我道を歩んでいくことで他者幸福は自然発生していく。

他者満足は自己満足の延長線上にある。

他者のために尽くしたとしても自らに不満や不快や苛立ちが募り続けるならば、その反動が必然的に発生する。

人間は常に報酬を欲して生きている。

見返りを求める潜在意識が蓄積して限界を越えればいずれは爆発する。

だからこそ自己快感が得られる活動に専念することが先決であり、その活動の副産物として他者貢献が自然発生するという流れが大事なのだ。

自己活動が主作用であり、他者貢献は副作用である。

これからの時代は自己中心力が須要だ。

自己中心力なくして自己行程を生きることは不可能だ。

他者行程を生きるということは他者の時間を生き続けることであり、他者に完全支配される人生と化す。

それは悲劇である。

己の心髄が息吹き躍動する活動に没頭している瞬間こそ至福だ。

没頭刹那の連続が自己行程を形作り未来を成す。

その活動で発生した想念を思念分身として電子世界に保存すれば必要に応じて無限拡張され無限再生される。

その瞬間の自分という生命が電子世界の中で半永久的に生き続けてくれるのだ。

それにより分身たちとの分業体制が出来上がる。分業を推進していくことで私本体は己の時間に専念でき、私の営みを軽快にしてくれる。

分身作りの要石は生命感だ。

只の機械的分身ではなく生彩溢れる生命分身を創出することが肝要となる。

分身自体が思念を保有し生動する様態を生み出すこと。

それが分身作りの心髄だ。

私は分身を生誕する。

電子世界に己の思念分身を多量放出して生動させるのだ。