発音を追随するだけでは英語を自己物質化できない。

語学

リスニング散歩しながら気づいたこと。

「シャドーイングで発音を追っているだけでは英語を我が物にできない」

手本者の発音を追随することは語感を掴むのに適している。

語感は旋律だ。言語能力を発達させるために欠かせない音感である。

だが手本者の旋律を聴いてその音を後追して発音しているだけでは英語を我が物にできない。自己物質化できない。

試しに何もない状態で自力で英語を発言しようとすると英語がスラスラと出てこない。途切れ途切れで思い付く感じだ。

己の心髄から英語が旋律として流れ出てこない。そこに直面する自分がいる。

その原因は自分の心髄を起源とした英語発現行程を積み重ねていないから。

発音の追随をいくら重ねても英語使いにはなれない。

自分の感性を起源とする概念を英語変換して外界に吐き出す行為を積み重ねる必要がある。

その行為には「作文化」と「旋律化」の2つの行程が存在している。

❶作文化:己の心髄で湧き出た概念を英語変換する行程

❷旋律化:作文化した英語を発音してリズムを付加する行程

普通のシャドーイングでは手本者が行程❶→❷を経て出力したものをなぞって発音しているに過ぎない。

自力で英語を話すのに避けて通れない2行程を飛ばしてしまっているのだ。

だから自力で英語をスムーズに話すことができない。

シャドーイングを続けていくならその在り方を進化させていくことが必要だ。

具体的には、手本者が奏でる旋律の心髄起源から意識を開始させる。

それは手本者の発言を我が物にするということだ。

あたかも自分がそう思ったからこそ己の内側から英語が湧き出ているという在り方を目指す。

手本者の内側で起こる「心髄起源→作文化→旋律化」の過程を自己行程で行う。

己の心髄から起源させるのだ。

その意識を持つことでシャドーイングを深化させることが出来る。

英語を自由自在に操れる「英語使い」の領域に近づける。

何事もそうであるが、自分を進化させていくには自己行程を築くことが大事だ。

自己中心力を強めて我が物にする。その心髄を持つ。

自分の感性フィルタを通して「気付き」という栄養を吸収し自己物質を育てる。

英語を他者物質でなく自己物質と化す。自分自身と一体化させる。

己の心髄で「英語」という伝達物質が身体中を走り回る状態にする。

そういう在り方を目指して到達する。

私は英語覚醒者になる。