失ったものに目を向け過ぎない。得たものに目を向ける。

生き方

「失う」と「得る」は表裏一体だ。

何かを失うと何かを得る。

何かを得ると何かを失う。

一方を捨てればもう一方を得る。

それを実行したに過ぎない。

失ったものが明瞭で得たものが不明瞭。

得たものが明瞭で失ったものが不明瞭。

どちらの場合も有り得る。

現在進行形の話をすれば、私は今しがた糖質ゼロコーラをテーブルにぶちまけてしまった。

コップに手がぶつかりあろうことか購入したばかりの本8冊を浸水させた。

一瞬時が止まる。

呆然とした。思考停止した。

目の前の事象が現実として徐々に認識できてくると怒りが込み上げてきた。

自分自身に対する責めが始まる。

「何故このタイミングで手がぶつかってしまったのか」

「何故倒れやすい背の高いコップを使ってしまったのか」

「そもそも本が置いてあるテーブルに液体物を持ち込んでしまったのが発端ではないか」

「おかげで新品の本がびしょ濡れになってしまった・・・」

「もう元には戻らない・・・」

私はまず失ったことに対して目を向けていた。誰もが最初はそうであろう。

やらかしてしまった後は喪失感を真っ先に感じる。それが人間の性質である。

だが喪失感に苛まれても仕方がない。意識の集中対象を変えてみた。

「今回失ったことで得たものは何だったんだろう?」

思案してみるといくつか挙げられた。

・浸水してしまった本に対して私は価値を感じていたこと。

・やらかした瞬間にその本に対して私が抱く価値が急激にはね上がったこと。

・今回やらかしたことは不可逆現象であったこと。

・不可逆現象だったからこそ元の状態を失ったことに対して喪失感と後悔を感じたこと。

・不可逆現象は貴重性を体感する手段として最速・最直・最高であること。

・浸水して乾かした後はヨレヨレにはなるが読む分にはさほど支障がないこと。

・書籍が置いてあるテーブルには液体物を置かないようにすべきこと。

・仮に置くとしたら手がぶつかってもこぼしようがないくらい背が低いコップを使用すべきこと。

列挙してみると多くの気付きを手にしていた。

「不可逆現象は人間が貴重性を体感する手段として最速・最直・最高であること」

特にこれは人間の性質を突いている。

人は可逆のものに対しては貴重性をあまり感じない。壊してしまっても喪失感は少ない。いつでも元に戻せるからだ。

だから慎重さや注意深さはなくなる。徐々に大切に扱わなくなる。自分の心髄にあまり残らない。

一方で不可逆のものに対しては貴重性を感じる。壊してしまったらもう元には戻せない。しかも新たに手に入らないものなら喪失感は凄まじい。

だから繊細で注意深くなる。丁寧に大切に扱うようになる。自分の心髄に強く残る。

もう二度と元には戻せない現実に直面して初めて価値の高さを再認識する。それを直に体感する。

喪失感の大きさは価値の高さだ。喪失により価値を明瞭に実感できる。

これは私にとって重要な気付きだ。

今回の気付きを逆に言えば「貴重性を高めたいなら不可逆現象体であれ」ということだ。

一度失えば二度と元に戻せない存在。

二度と手に入らない存在。

代替不可能な存在。

そういう存在と化せば貴重性が高い分だけ大切に扱ってもらえる。

これは物にも人にも当てはまる。

「失う」と「得る」は表裏一体だ。

大きなものを失った時ほど貴重な何かを得ている。

失えば失うほど何かを得ている。

得れば得るほど何かを失っている。

それが真理だ。

失ったものに目を向け過ぎない。失った代わりに得たものが必ず存在する。

得たものが何だったのかを思案してみる。そっちに意識を集中させる。

失った時は前向きに捉えて次に活かす。

その心髄を大切にしていきたい。

「必ず私は何かを得ている」

それを忘れないようにしたい。

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