他人の正解の中で生きない。自分自身で新しい正解を作る。

生き方

多数派の正解の中で生きるのは安心だ。

皆と同じだから恐怖心が和らぐ。

先人の力によって社会通念として既に承認されている道だから。

頑丈に舗装された人気の多い道だから。

周囲から否定されにくい。

批判されにくい。

嘲笑されにくい。

ロールモデルが何人もいる。

社会的地位が確立している。

同じ行動をしている人々が周りに大勢いるから不安や恐怖が薄れる。

自分という存在を安全で安定で安心できるものへと落ち着かせられる。

そういう感覚に浸れる。

だがそれは本当に己が望む道なのか。

少数派になることを躊躇しているだけなのではないか。

不安や恐怖を解消することが目的となっていないか。

自分が望まない方向に行っていないか。

自己対話を無視して他者対話だけで決めていないか。

自分基準を模索せずに他者基準に流されていないか。

他者の基準は決断を下す際の参考材料になる。

だが最終的に決断を下すのは自分だ。

昔を振り返ってみる。

私は先人たちが用意した安全・安定・安心ルートに乗っていた。

多数派の中で進んでいた。

周囲の大勢の人たちと同じ行動を取るのは精神的にはある意味楽だった。

社会通念として承認されている道だから。

他者から否定されないから。

大勢の人々が通ってきた道だ。

既に地盤は強固に築かれていた。

先人が歩いた道を予習してなぞっていくだけで周囲に承認された。

不安や恐怖を感じずに済んだ。

用意されていることをひたすら我武者羅に取り組んで結果を出すだけで認められた。

安全で安定で安心な場所へと自分を落ち着かせることができた。

心の安寧に浸ることができた。

更に昔を振り返ってみる。

幼少期の私は我が強かった。

自己中心的だった。

常識的にみると変だったのかもしれない。

だが小中学生くらいになると「多数派であること」「安全・安定・安心な存在へと落ち着くこと」への同調圧力を感じた。

そういう社会の空気をひしひしと感じていた。

自分が思う通りに行動すれば周りの大人が否定してくる。

可能性の芽を潰される。

叱責してくる。

強制してくる。

皆と同じような行動を取ることを強く求められる。

同調至上主義。

私はそう感じていた。

挑戦の失敗に対する風当たりも強かった。

大人の言う通りに従えない者、聞き分けがない者は異物として扱われる。

公開処刑のようだ。

多数派から少数派。

そして孤独な存在となる。

そういう空気を子供ながらに敏感に感じ取った。

だから私もそれに同調した。

自分が思う通りに行動すると周囲から猛烈に否定されて村八分にされる。

それよりも大人たちが承認する定型ルートに従って課題をひたすらこなして我を消す方が安定的で楽だ。

当時は大人たちの言うことは正しいと錯覚していた。

自分の中で発生する意思を無視して大人たちが提示する道を歩いた。

彼らの期待に応えるルートを選んだ。

私は他人の基準に流された。

そっちが正解だという洗脳を真に受けて自分の基準を模索せずに無視した。

だが年月が経つにつれて違和感を抱き始める。

正解を口にした大人たちは幸せな人生を歩んでいるようには見えなかった。

不満そうに見えた。

辛そうに見えた。

苦しそうに見えた。

私は大人たちが口にする正解ルートを疑い始めた。

他人の価値観に従って期待に応えるために行動する自分が虚しくなった。

他人の正解の中で生きている自分が無意味に感じられた。

他人から提示された正解が自分の望むものと違っていることに気付いた。

自分の感情を無視して他人に従って生きるのは間違いだと確信した。

私は他人の価値観の中で生きることをやめた。

自分の欲求の声を聴いてそれを率直に求めるようになった。

自分が望む行動を取るようになった。

周囲に無理に合わせて同じ道を辿ることをやめた。

他人からどう思われるかよりも自分がどう思うかを大事にし始めた。

他者との時間よりも自分の時間を大事にするようになった。

自分の感性を最重要視して岐路を選択して突き進むことにした。

他人基準ではなく自分基準で意思決定するようになった。

結果、あらゆる自分の行動に対して納得感と充実感を抱くようになった。

自分の時間を生きている。

自分の寿命が活きている。

そういう感覚が得られた。

自分自身で新しい正解を生み出す意思を持つようになった。

自分なりの幸福な人生を歩むには大切なことだ。

自身の希少価値を上げていくことにも繋がる。

他人の正解をそのまま後ろからなぞっていく生き方には私自身の意思や感性は含まれない。

自分という存在の希少価値は上がらない。

己が有する感性は独自性だ。

感性は属人的要素であり個性だ。

それを存分に発揮する生き方を選ベば自身の幸福度と希少価値は自ずと高まる。

他人の正解の中で生きない。

自分自身で新しい正解を作る。

私は自分の道を生きる。

自分の時間を生きる。

己の感性を信じて行動していくのだ。

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