物差し1つの競争は苛烈な消耗戦と化す。

フォートナイト

2019年11月現在、フォートナイトにおける私の戦闘技術は中級水準に達したと感じている。

戦闘力向上を目指してアリーナやトーナメント、パブリックゾーンウォーズにて積極的に交戦する特攻型で独自にソロ修行を積み重ねてきた。

現在の私から見える頭上の景色と展望について書き綴ろうと思う。

フォートナイトの世界は史上最高に盛り上がっている。

世界で最も競技人口が多いスポーツであるサッカーのプレーヤー数(約2億人)を超越する人数がフォートナイトをプレイしている。

競技面で言えばその分だけ競争率が凄まじく高い。それに加えてフォートナイトは他のスポーツやesportsと比較して環境の変化が苛酷である。

アップデートは毎週実施されるため、マップ・武器・アイテム・戦闘設定・プレイモード・トーナメントシステムが目まぐるしく変化する。それに伴ってゲームバランスや競技性も乱高下する。

フォートナイトを数ヶ月間離れて戻ってくると浦島太郎状態になるのは必然だ。

フォートナイトにおいて戦闘技術発展は英語圏のトッププロが主体となって巻き起こる。その進化速度は他ゲームの比ではない。

フォートナイトの花形は「対面戦闘」である。漫画ドラゴンボールの華である「戦闘力」がフォートナイトバトルロイヤルにおいても最重要要素だ。

世界中の競技プレーヤーがライバルを凌ぐべく新技の開発と修練に躍起になっている。戦闘力が傑出したトッププロの技術力は圧巻の一言に尽きる。

私が過去に最も感銘を受けたプレーヤーはノルウェー出身のMrSavageM氏だ。

引用:https://youtu.be/Y8sYrYj_neE

「これほどまで異次元の強さを誇る怪物が存在するのか・・・」

彼のプレイを初見したときに抱いた感想だ。2018年7・8月頃であったと記憶している。まさしく青天の霹靂であった。

当時はTfue氏の全盛期でMongraal氏が台頭してきた時期である。

その頃のMrSavageM氏はヨーロッパ圏のスクリムで頭角を現していたが世界的には無名だった。しかし、彼の戦闘技術が英語圏のトッププロたちを凌駕していることは一目瞭然であった。

その時代はチャプター1のシーズン4終盤〜シーズン5初期であり、英語圏では90sが発祥し大流行していた。

※90sは「90 degrees turn」の略。最速の高所確保を目的とした90度転回による上昇建築からその名がついた。日本語圏では「縦積み」と呼ばれる建築技術。

編集や照準よりも建築技術に主眼が置かれていた時代であり、如何に高速で正確に90sを展開できるかが勝負の鍵と考えられていた。当時はそれが全てだったと形容しても過言ではない。

だがMrSavageM氏は建築技術もさることながら編集技術・立ち回り技術が傑出しており、対面戦闘の鬼才だった。

他のどのプレーヤーよりも急速な編集と体勢移動で敵を翻弄して討ち取る。その立ち回りの俊敏さは驚異的であり、周囲の建築空間を自由自在に操る能力がすば抜けていた。

当時は彼のプレイの全てが革命だった。後に海外大型掲示板Redditで彼の強さが異常だと話題になったほどである。

2018年8月中旬にヨーロッパ圏で開催されたPOG(Premier Online Gaming)主催の公式ソロトーナメントにおいて彼は計285点を獲得し、2位と66点の大差をつけてぶっちぎりの1位に輝いた。

「高速編集技術が戦闘力の中核を成す」

それを誰よりも華々しく体現したのがMrSavageM氏だ。彼は従来の戦闘常識をぶち壊して新通念を創出した。

彼の台頭によって「編集速度は対面戦闘の生命線であり、戦闘力の高さがフォートナイトの最重要価値である」という認識に拍車をかけた。

その傾向は今も変わらずフォートナイトバトルロイヤルの花形である。対戦競技の宿命であろうか。

だからこそ皆がその価値観に殺到して競争が激化する。

競技全般に言えることだが、物差しが1つの競争では必ず序列がつく。そこでは王者でなければ価値がない。1位のみが勝者であり2位以下は全員敗者である。

国内1位よりも世界1位の方が桁違いに価値が高い。厳密に言えば世界王者のみが勝者であり、他全員は敗者である。

物差し1つの勝負事は王者総取りとなる。世界の頂点に君臨した者が莫大な賞金と名声と影響力を独占する。

世界最高峰がエベレスト、日本最高峰が富士山であるが、世界2位や日本2位はどれほど大衆に認知されているだろうか。

世界2位はK2、日本2位は北岳である。

第1位と第2位の知名度には雲泥の差がある。最高権威の認知度は絶大だ。

物差し1つの勝負事では「1位獲得」が全てであり、それ以外は無価値である。

首位以外を目標にした時点で上位には入れない。2位・3位という順位は1位獲得に全身全霊を尽くして熾烈な競争を戦い抜いた者が惜しくも敗れ去った結果であるからだ。

「2位でいいや」という気持ちで準備した者は10位どころか100位にすら入れない。

そのため物差し1つの競争世界では休憩する暇がない。努力の手を止めることは敗者になることを意味する。

対戦競技の価値観は詰まるところ「勝つこと」に集約される。競技トーナメントが最たる例だ。

あれは運営側が用意した分かりやすい単一物差しであり、プレーヤー支配環境と言えよう。

ポイント制を採用することでプレーヤーの実力を数値に落とし込み、その合計数値が最高のプレーヤーが勝者と認定されて賞金と名声を獲得する。勝てば官軍で負ければ賊軍だ。

その支配システムの中で無数のプレーヤーたちが凌ぎを削って勝者を目指す。順位1位を獲得すればそれ相応の物理報酬と精神報酬が返ってくることは容易に想像できるため、「我こそは!」と数え切れない人々が競技に参加してくる。

単一物差しの評価環境は明瞭で魅力的で未来を想像しやすい。だからこそ競争が激化する。

その世界では自分が他者より上でなければ価値が出ないため、ひたすら猛烈に練習し続ける必要がある。他のプレーヤーも世界1位を目指して猛練習し続ける。

単一物差しの競争は消耗戦だ。油断すればあっという間に周りに抜かれる。

仮に1位になったとしても他のプレーヤーたちの熱意は凄まじいため、そこで休んでしまうと簡単に取って代わられる。2位以下が無数に存在する競争世界の1位という席は砂上の楼閣だ。すぐに取って代わられる。

本気で世界1位を目指すなら休む暇などない。他のことをやっている時間もない。睡眠と食事以外の時間を全てフォートナイトに注ぎ込み続ける必要がある。

そこまでして初めて世界1位になる可能性が発生する。逆に言えばそこまでしなければ2億人超の頂点に君臨する可能性は0だ。

己の生活の全てをフォートナイトに捧げるくらいの情熱と集中力と健康状態を保ち続けることが必要不可欠である。何故なら世界で最も人気のこのゲームに対して生活を捧げている猛者たちが既に世界中に溢れ返っているからだ。

他者に既定された単一物差し路線で1位を目指せば苛烈な消耗戦となる。フォートナイトに命を懸ける真の強者同士の血で血を洗う争奪戦だ。己の全てを捧げられない者に勝つ余地はない。

1位という席は皆が憧れ欲しがり目指す場所だ。油断すればあっという間に引き摺り下ろされる。1位という席自体に価値があるのであってそこに座るのは誰であってもいいからだ。

これが他者によって既定された単一物差し世界で競争する厳烈さである。これから上を目指そうと思った際に現在立っている場所からそういう景色が見えた。

そこで私は自問自答した。

「それは私が求める在り方なのか?」

「己の気質や特性が活きる環境か?」

「己の人生を満足できる様態なのか?」

私の答えは「否」だった。

疲労と焦燥と憤怒で消耗し尽くすのが目に見えている。幸せな気分で毎日を過ごせるはずがない。

フォートナイトの環境変化は苛酷だ。通常モードのみならず競技モードにも大幅な環境変化が1週間ごとに適用される。

スポーツで言えば試合規則・環境条件・ゲームバランスが1週間ごとに変転するに等しい。アップデートの度にバグやラグが多発する点も悩ましい。

バドミントンで例えるなら「今週は沼地の上で試合する」「来週は強風の中で試合する」「再来週は羽のサイズを3倍にしてテニスラケットで試合する」「再々来週はコートサイズを3倍にして試合する」といった具合である。

プレーヤーたちに決定権はなく開発側が全権を掌握している。当然である。

競技プレーヤーは開発側が毎週用意する環境内で否応なく真剣勝負をさせられる。これはフォートナイトに全てを懸けているプロにとっては死活問題だ。

中級水準の私ですらその景色が見えたのだから、上級・超上級水準のプロは更なる険峻な景色が見えていることだろう。技術水準が高まるほど競技条件の峻厳さが増すため、プロたちが不満や苛立ちを募らせるのは必然である。そういう仕組みになっている。

フォートナイトに懸ければ懸けるほどフォートナイトに支配される未来が待っている。プレーヤー側に発言権はあるが決定権や行使権はもちろんない。開発側が全てを取り決める絶対神として存在し続ける。プレーヤーは神のお達しに服従するのみだ。

フォートナイトに全てを捧げるということはフォートナイトに完全に依存した生き方を選択するということだ。フォートナイトの環境変化の一挙手一投足が自分の生活に直接響いてくる。己の先行きが完全にフォートナイトに支配される日常と化す。

それで幸福に生きられるかを想像してみると、私の気質を考えれば絶対無理だ。

私は自分自身に強く依存する在り方で生きていきたい。己が抱いた違和感を無視せず汲み取って活かし、理想の在り方を追求して実現したい。

私はフォートナイトで戦闘力という単一物差しの中で勝負することをやめた。もしフォートナイトをやるとしたら多数要素を我流融合して独自価値を創出する必要がある。

だがそれをどうやって成すかは現時点では思い浮かばない。そう察知してからはフォートナイトを休止して他の活動に取り組み始めた。

最近は語学に取り組んでいる。語学は自分自身に強く依存する活動だ。

現代はインターネットが発達しているため独学可能だ。読む・書く・聴く・話すの全てを自分のペースで体得できるから快適この上ない。

フォートナイトと違ってルール(言語規則)が突然変わることはない。新語は追加されていくが急に文法や発音が全く別物になることはない。ゲームと比較して不変性が強いため自分に依存する割合が極めて高い。

言語能力は日常生活で常に発揮されるものだ。人間は言語と一体化している。もはや言語なしでは生きられない。言語は道具ではなく体内物質である。思考と感情を司る音声思念物質なのだ。

道具に頼らずとも健康な身体を有していれば言語能力を発揮できる。言語は体外物質ではなく体内物質だからだ。語学は極めて有用性が高い。

言語には言語圏特有の世界観や価値観が付随する。

言語を体得していけば己の世界観は自然と広がっていく。人間は言語を用いて思念し行動し生きているため、語学は己の景色を豊潤にしてくれる。我流かつ自己速度で気楽に取り組める点も良い。

語学は世界観の拡張であり価値観の更新である。

私は英語と中国語を学び始めたが、日本語は日本語圏の世界観、英語は英語圏の世界観、中国語は中国語圏の世界観が付帯すると感じている。

言語を通じて新しい世界観に触れて感覚を掴むことで己の精神居住地域が拡大するのだ。

3言語を自己物質化すれば、単一言語能力のみならず各言語圏が有する空気・価値観・持ち味を比較認識できるため、独特の言語感覚が養われる。

それは融合能力と言えよう。この資本主義社会で長期活躍するには単一能力ではなく融合能力を養うことが要石だ。己の独自感覚が生み出す何かを希少価値として出力形成することが不可欠である。

そこで初めて唯一無二の存在へと化す。市場に対して代替不可能な希少人才として活躍できる。

物差し1つで勝負するのは消耗戦だ。多数の物差しを我流融合して己の気質と特性に最適化すれば自分という存在価値を異質な形で強靭に練り上げられる。

自分自身が絶対的基準者で在り続ける様態を探求することが肝要だ。それは己の上位互換と下位互換が存在し得ない在り方を追求するということだ。

その心髄を内に秘めて当面は語学活動に尽力する所存。言語を呼吸するように体内に取り込んで自己速度で自己物質化していきたい。

新しい言語感覚を養うことで未知の世界観・価値観を体感し、精神居住地域を拡大していきたい。

私は言語越圏者となる。

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