自分の居場所を複数作る。己の感性の趣くままに活動する。

生き方

自分の居場所を複数作る。

「自分の居場所を複数作る」って大切。

居場所が1つしかないと執着が生まれる。

力みすぎてしまう。

心の余裕がなくなってしまう。

視野が狭くなる。

居場所が複数あれば「たとえこっちが駄目になっても私にはまだあっちがある」という意識が持てる。

精神的余裕が持てる。

気軽に挑戦もしやすい。

遊び心も生まれる。

その結果として創造性が高まる。

己の感性の趣くままに活動する。

やってみて続けてみて「なんか合わない」と思ったら違う場所に移ってみる。

違う活動に移ってみる。

自分の感性の声を無視して我慢してやり続けるのはなんか違う。

自分のポテンシャルは発揮されない。

我慢してる時点で偽物。

本物は楽しい。

遊び感覚で色々やってみる。

私は最近自分の居場所を複数作るように心がけている。

そうすると1つの場所に固執する必要がなくなるから。

それがもたらす利点は大きい。

精神的に余裕が生まれる。

その場所にいなきゃいけない義務感も薄れる。

そこに執着する必要がなくなる。

傍流でいい。

傍流として気楽に取り組んでみる。

無理に自分を追い詰める必要はない。

相性が合えば自然と本流に育っていくものだから。

その活動が傍流だからこそ楽しく気軽に取り組める。

常に初心で活動できる。

変なプライドを持たずに済む。

ゆとりを持てるし遊び心も生まれる。

人間関係がギクシャクしなくなる。

居場所作りを工夫することでそういう心髄が育ってくる。

複数の居場所と活動を通して心の平穏と自信を持てる。

そもそも人間関係にひどく苦しむときってどんなときだろう?

「本当はそこから離れたいけど自分の居場所を失うのが恐いから離れられない」

「私の居場所はここだけだから辛苦に耐えねばならない」

そう感じているときだ。

それはやはり辛い。

自分の内部では確かに違和感が抱いている。

にも関わらずそれを押し殺して我慢し続けなければならない。

苦難の道だ。

自分の本音を大切に扱えなくなる。

自分のことが嫌いになる。

生きる意義が見出せなくなる。

「私にはこうするしかないんだ」と思ってしまう。

実際はそう思い込んでいるに過ぎない。

自分の選択肢は無限に存在している。

だが「自分にはそれしか道がない」と思い込んでしまう。

視野が狭くなって他の道に気づかない。

その居場所に固執してしまう。

そうして我慢してやり続けてみたところで自分が抱く違和感はやはり消えない。

むしろ悪化するばかりだ。

自分の存在価値が分からなくなる。

自信がなくなる。

精神的に不安定になる。

ストレスも蓄積する。

心の中の愚痴も多くなる。

自分で自分を嫌うようになる。

そんな時は新たな活動を始めてみる。

居場所は活動から作られる。

活動が場を作る。

それは一人でいい。

むしろ一人の方が存分に楽しめる。

私にとってここはその一つ。

私の思考を綴る場所。

私の感情を綴る場所。

過去に書き綴った文が現在の私を鼓舞してくれる。

書くのは楽しい。

内面的に満たされる。

ストレス発散になる。

私は最近語学に興味を持った。

英語を学び始めている。

語学活動も私の居場所の1つだ。

私は海外ドラマを観るのが好きだ。

それを活かして英語音声でドラマを楽しみながら英語を学んでいる。

遊びと学びの融合だ。

これが結構いい。

自然とリスニングが続く。

「学び」とは「遊び」の延長線上にあるのだ。

楽しくなければ続かない。

面白くなければ良い活動とは言えない。

偽物だ。偽物の活動なのだ。

本物の活動は楽しくて面白くて自然に続くもの。

自分の潜在能力を引き出してくれる。

「なんか自分に合わない」と感じたら早速違うことを始めてみよう。

「なんかこれ楽しい!」と思える活動に出会ってみよう。

直感でいい。とりあえずやってみる。

後先考えず衝動で始める。

凄く大切なことだ。

私は感性の趣くままにやっていきたい。

これは僕の大好きな言葉の一つなんだ。



”遊び感覚でいろいろやって成り行きを見守る”

「仕事は楽しいかね?」より