「英語を学ぶ」=「英語圏の感性・価値観・文化を学ぶ」

語学

最近私は言語交換学習アプリHelloTalkを使って外国人との通話やチャットに挑戦している。

外国人との雑談は楽しい。

まだゆっくりとした速度でしか英語を話せないがそれでも挑戦しているという感覚が私は好きだ。

私には目標がある。

英語を母国語の感覚で自由自在に話せるようになることだ。

動機は至って単純。

そうなれたら嬉しいから。興奮するしワクワクするから。

私は外国人と雑談してみたい。外国の価値観と文化を知りたい。

英語を学ぶことで自分の世界は広がる。

別の言語を話せるようになれば新たな視点を獲得できる。

英語を話せることで自分が会話できる人数母体が10倍以上に増える。

10倍以上の世界の広がりを持てるということだ。

「英語を学ぶ」=「英語圏の価値観・文化を学ぶ」

日本語と英語では音声体系が全く違う。

日本語には日本語の語感があるし英語には英語の語感がある。

文字についても全く違う。

日本語は漢字・片仮名・平仮名がある。

英語はアルファベットのみ。

英語を学ぶことは英語圏の文化・価値観を学ぶことでもある。

英語を話すためには「英語モード」を身につける必要があると思う。

英語モードは英語の語感そのもの。

語感はその言語の音声体系と直結する。

英語学習では英語特有の語感を自分の中で掴めるかどうかが鍵だと感じる。

語感を掴むためには英語で思考し英語で理解していく必要がある。

可能な限り日本語に訳さずに英語のまま理解していきたい。

「言語が違う」=「価値観が違う」

言葉は音声を体系化したもの。

音声には概念映像が付帯する。

言葉が違えば音声も概念映像も異なるのだ。

すなわち、世界の把握の仕方が違うのだ。

それは日本語圏と英語圏の価値観の差異として如実に現れている。

「言語が違う」=「価値観が違う」

言語が違えば概念の分け方も異なる。

英和辞典を見ると基本的に英単語と訳語が一対一対応していない。

英語と日本語では世界の把握の仕方が違うからだ。

英単語が本来有している概念とピッタリ重なる概念は日本語の音声体系にはほとんど存在しない。

その英単語の概念に最も近い意味の語彙を訳語として与えているだけだ。

そこには微妙な隙間が生じる。

英語圏の価値観を本当に知ろうとするなら英語それ自体が持つ語感を身につける必要がある。

相手の価値観を理解するためには相手の語感を相手の言語でそのまま受け取る必要がある。

己の感性は言語の影響を色濃く受けているのだ。