【思考力=言語力】言語力が高まれば思考力も高まる。

語学

英語思考モードを意識するようになってから察知したこと。

それは「人間の思考力は言語力に依存している」ということ。

ごく当たり前の話だが私はその事実を忘却していた。

日本語を封印して英語で思考してみると表現したい概念が語彙として出現してこない。映像はぼんやりと想い浮かぶのだがそれを英語で言い表せないのだ。

言語表現できないということは「映像が明瞭化しない」ということだ。

語彙は概念解像度を高める。日本語を封印するとそれを自覚しやすい。

我々は脳内で概念映像を基に思念している。その霧状描写を明確に定義してくれるのが語彙だ。

「言語で思考できる」とは「明瞭生彩な映像を脳内描写できる」ことなのだ。

思考は言語を用いた映像展開である。思考力は言語力に依存する。

日本語思考は日本語力で決まる。

英語思考は英語力で決まる。

数学思考は数学力で決まる。

英語力を上げることは英語思考力を上げることに他ならない。英語思考力が上がれば日本語思考力にも影響を及ぼす。数学力を鍛えれば論理的思考力が鍛えられるように。

英語技能を向上させることは決して無駄にならない。むしろ利点ばかりだ。

英語は主語の次にすぐ動詞がくる。結論が最初にくる。

相手に自分の考えを伝達する際には語順的に理解しやすい。英語の方が日本語よりも冗長にならない。

英語と日本語では音声の体系が違う。

英語の発音を学ベば日本語の発音を相対比較し客観視できる。日本語の発音も見直せるため日本語発音も好転する。冗長を省いて簡潔に伝達できるようになる。

語学は言語思考に対して相対する活動である。

言語を学ぶということは言語を通じてその国の世界観や価値観を包括した思考を学ぶということだ。人間の思考は必ず言語に顕れる。

そう捉えると語学は興趣が尽きない活動だ。言語思考力の高進に比例して外国情報を直接摂取可能になる。

英語圏で生活可能なら己の精神居住地域が拡張される。心の拠り所が増加して精神的余裕が生まれる。体得した言語数だけ自分の居場所が拡大するのだ。

語学は百利だ。活力と自信の源泉だ。

この豊潤な活動に巡り逢えたことに感謝したい。

私は語学を堪能する。