違和感を抱いたらそれを無視しない。我慢しない。他人の傀儡にならずに自己中心力を鍛えて生きる。

生き方

他人の価値観に沿って生き続けると義務意識で生きるようになる。

己が抱く違和感を無視してしまうと我慢が溜まる。

他人の時間を強制的に生きている感覚になる。

自分の時間を喪失している感覚になる。

その結果、他者に対して見返りを求めてしまう。

我慢が蓄積すればするほど他者に対して同じレベルの我慢を無意識に強いるようになる。

我慢は不要悪だ。

美徳ではない。

我慢という感情は現実に対して今の自分が無力だから発生してしまうものだ。

その感情を抱いたのならそれを無視すべきではない。

それは己の感性が訴える違和感だ。

サインだ。

重要なのは「じゃあどうするか?」だ。

「我慢するのは当たり前」

「我慢できなきゃ一人前じゃない」

「周りが我慢しているんだから自分も我慢しなければならない」

それは違う。

我慢は除去すべきだ。

我慢からは一刻も早く解放されるべきだ。

我慢を取り除くために試行し続ける。

我慢が強いられる環境から離れて全く別の世界を探検してみる。

「環境に合わせられない自分が悪い」

「環境に不満を持っている自分が悪い」

「今の環境に耐えられないなら他所に行っても通用しない」

そんなふうに自分を追い詰めなくていい。

他人からそう言われたのなら全て無視だ。

他人の価値観の奴隷になってはいけない。

それは機械がやってくれる。

AIがやってくれる。

そもそも他人の奴隷になるなら私が私である意味がない。

私が生物としてこの世界で生きる意味がない。

マシーンになる必要などないのだ。

他人の価値観に束縛されて他人の期待に沿ってひたすら動き続けるだけのマシーンと化している。

そこには私が人間であるがゆえの個性が表出しない。

自分の感性・意思が表出しないということは自分がそこに存在していないことに等しい。

重要なのは自分の価値観に則って実行することだ。

「自分自身はどう思っているのか」

「自分自身はどう感じているのか」

そこが肝心だ。

己の感性が己の個性を作る。

私という人間を形作る。

私という人間は私が思う通りに感じる通りに生きるからこそ意味が生まれる。

私が他人の思う通りに他人の感じる通りに従って生きるなら私が私として生きる意味はない。

もはや他人の傀儡と化している。

他人のクローンと化している。

むしろその他人がその通りに生きればよいだけの話だ。

己の人生を全うする以上、他人の価値観は己の人生を幸せにしていくための参考材料に過ぎない。

極論を言えば他人の価値観は戯れ言に過ぎない。

影響を受けたいと感じた戯れ言は自分の中に取り入れればいい。

影響を受けたくないと感じた戯れ言は全部無視すればいい。

私の日記も同様だ。

私の価値観は毎日刻々と変化している。

過去に書いた日記を振り返った時に今の自分を鼓舞してくれる時もある。

忘れかけていた大事なことに気づかせてくれる時もある。

逆に、今の自分にとって只の戯れ言に過ぎないと感じる時もある。

日記の全てを無視する時もある。

それでいい。

行動し続けていくことは己の価値観を上書きし続けていくことに等しい。

過去の価値観を捨て続けていくことだ。

「今の自分はどう思っていて、どう感じていて、どう行動したいのか」

重要なのはそこだ。

己の過去の価値観や他人の価値観は現在の自分が行動する上での参考材料に過ぎない。

材料に満たない場合も多々ある。

過去の自分と整合性を取る必要などないのだ。

過去と今では状況が違うのだから。

今の自分を中心としてこの世界を歩む。

自分という存在に対して環境の方を合わせていく。

自分に対して環境を引き寄せていく。

そういう気概を持つくらいで丁度良い。

良い意味で自己中心的に生きる。

自分が持つ特性を最大限に発揮していくためには大事な発想だ。

その発想を持たない限り自分の潜在能力は一生発揮されない。

己の感性の声を無視して他人に対して無理に合わせる、環境に対して無理に合わせるという行動は地獄だ。

徐々に己の心を蝕んでいく。

我慢を強いられ強制意識に支配される自分へと堕ちていく。

自分が我慢した分だけ他者にも我慢を強いるようになる。

自分が我慢しているのだから相手も我慢するのは当然だと感じるようになる。

自分も周りも窮屈にさせていく。

他者のために環境のために自己中心的発想を捨てたはずなのに逆に悪い意味で自己中心的になってしまう。

他者の自由を無意識に平気で奪うようになってしまう。

世間や組織の空気を盾にして相手に強制してしまう。

義務意識を植え付けてしまう。

自分の自由がなくなると他者の自由が許せなくなる。

それが人間という生物だ。

周囲に合わせ続けたところで自己中心力は一向に成長しない。

もっと自由に生きよう。

我慢せずに行動しよう。

自己中心的に生きよう。

自己中心力を鍛えよう。

自分の自由を尊重できれば他者の自由も尊重できる。

良い意味で他者のことが気にならなくなる。

自分の活動、自分の人生に集中できるようになる。

私は自由を謳歌して生きていく。

自分の時間を生き続けるのだ。