皆に好かれようとする = 他者に迎合する=己の個性を消失する

生き方

皆から好かれようとすると「迎合」してしまう

「皆から好かれようとする」ってどういうことだろうか。

それは出逢う人全員から好かれようとすることだ。

皆から「私は良い人だ」と思われようとすることだ。

それは万人に好かれようとする行為だ。

その無謀な行為のために万人の望みや価値観に迎合することになる。

迎合は自分を犠牲にする。己の感性や価値観を犠牲にする。自分の生き方を犠牲にする。

価値観や生き方は人それぞれ全く違う。

それなのに他者の望みや価値観に対して無理に合わせようとするのはいわば全員の傀儡になるということ。

それは不可能だ。

自分の感情・思考・行動が出てこなくなる。自分自身の気質が見えなくなる。結果として魅力的じゃなくなる。 

相手の価値観に迎合すると己の個性を失う。

改めて問いてみる。

他者の価値観や望みに迎合する私は魅力的だろうか。心惹かれるだろうか?。

自分の価値観を押し殺して機械的に生きる私は魅力的だろうか。心惹かれるだろうか。

全く魅力的じゃない。心惹かれない。

万人に好かれようとする行為はあらゆる他者たちの価値観に必死で合わせようとする行為だ。

それは己の独立した思考・行動を押し殺している。完全に他者の傀儡となった人生を生きている。

そんな私は他者から見て魅力的に映ることはない。

万人に好かれようとすると万人から好かれない。皆から好かれようとすると皆から好かれない。何より自分の人生を生きられない。

そんな人生は苦行だ。

「迎合」せずに「個性」を発揮する。

自分の意向を曲げてでも他人の意に従う。それは他者に気に入られるのが目的となっている。

無理して他者に合わせる必要はない。合わないなら距離を置けばいい。

自分の価値観を表現して活動に没頭する。

己の世界観を発現する。それが自然と個性になる。

私は迎合せずに己に従って生きる。